シミュレーションを成功に導く心構え:ルノー・グループのチーム・リーダーが工数70%削減を提唱

「あと少し時間があれば、現場の工数を大幅に削減できます」

ドーリン・シェルツ氏は、ルノー・グループのマトリーテ・ダチア部門でMP開発チームのリーダーを務めており、グループの内製金型ツールメーカーで、唯一、ダイフェース・デザインを担当しています。プロセス向上を担う最前線で、特定の部品のみならず、すべてのパネルを対象に自動化の研究を行っています。本稿では、デジタル・エンジニアに求める探求心、高い意識、意思決定に対する主体性を兼ね備えた理想的なメンタルについて、ドーリン氏が概説します。

当社ではシミュレーションを積極的に活用しています。それでも、シミュレーションをさらに幅広く適用することができれば、納期および工数をより大幅に削減できると確信しています。デジタル・エンジニアリングの利便性を提唱するエンジニアの多くは、シミュレーションに対する不信感との対峙、根拠の提示、各関係者の説得といった、長年にわたる不調和に勇敢に立ち向かうでしょう。私自身にそのような意識はなかったのですが、シミュレーションのメリットについて他部署を説き伏せて回っていると、社内で評判になっているようです。私が確信しているのは、この点です。「あと少し時間があれば、現場の工数を大幅に削減できます」と。

こちらから指定された期日の延長をお願いすると、相手方に不信感が生じるのも当然でしょう。しかしその場合はいつも、より精度の高い形状結果を得ることができれば、再切削の必要がなくなる旨を説明します。デジタルに3日間を費やすことで、現場のトライアウトや製造期間を3週間も短縮できることを、何度も実証してみせました。もちろんすぐに信じるには突拍子もなく、必ず疑惑の目を向けられますが、過去の成功事例を提示しつつ、自信を持って説得にあたっています。この工数短縮の考え方は、いずれかの部署のみに該当する話ではありません。シミュレーションを積極活用することで、究極的には、ホワイトボディのリリースまでの包括的な時間短縮を実現できるのです。

納期延長の依頼を行う際には、部品のシミュレーション予測を提示しながら交渉にあたります。シミュレーションのデータを用いて、実際のトライアウトで発生しがちなあらゆる不具合の原因を説明するのです。特にスポッティングに注意を払うよう助言し、サーフェスの不具合を回避する方法を説明します。すると間もなく、同僚たちはシミュレーションの予測が正しかったことを認めざるを得なくなります。その結果、トライアウトの部署では、デジタル・マスターを順守し、安全な「グリーン」のシミュレーションを現場で再現する意識が高まり、さらには、部署間の情報交換がますます円滑になるのです。もちろん、トライアウトの結果が、シミュレーションとは異なる場合もあります。そういった場合は、入力パラメータと現場の金型や設定を比較します。すると現場では、必ずと言ってよいほど、何かしらシミュレーションと異なる部分が発覚します。それがトライアウトの結果が予測と異なる原因となっているのです。

時間短縮を実現できた別の理由として、従来のCADシステムからAutoForm-ProcessDesignerforCATIAに移行した点が挙げられます。この変更によって、サーフェスのモデリングを安定的かつ迅速に作業できるようになり、CADに費やす時間を70%削減できました。例えば、見込み補正で大がかりな修正が必要になった場合、通常ならば2日間かかっていた作業が、このソフトウェアを活用すると、たったの1時間で完了できるのです。プレス成形のデザインに関するニーズに特化した専用機能によって、CADの開発時間の大幅な効率化を実現しました。

図1: ルノー・グループのイアンク・マリウス=エイドリアン(左)とシェルツ・ロネル=ドーリン(右)

トライアウト・ループの削減と部品のプレス加工を成功に導く上で、見過ごされがちな要因がもう1点あります。優れたソフトウェアと秀でたトライアウト・チームが揃っていても、実際にそのソフトウェアを使う人員を適切に選ばなければなりません。現場およびデジタル・マスターの作成の両面に精通した人材が適任であると考えられます。さらに、自分が行うべき行動を常に自覚し意識できる能力が求められます。このメンタルの状態を表す言葉は数多く存在しますが、ここでは鍵となるメンタルを、適正な疑問を持ち続ける「探求心」、自分の行動を自覚する「高い意識」、そして「意思決定に対する主体性」と称します。

このような人材は、この心構えを有することで、目前の問題だけでなく、作業中に対処すべき事柄について考えるようになり、また不具合に直面した際には、不意に「これだ!」とひらめくことができます。「これが問題だった。これこそが、自分が何かを見落としていたところだ!」と。選択および分析すべきパラメータがきわめて多くあると、必ず何か見落とすものです。ユーザー・マニュアルの指示通りにすべてのボタンを順にクリックして、結果を出せば完了、というわけにはいきません。

批判的な考察がなければ、効果的なデジタル・エンジニアリングは成り立ちません。この心構えがあればこそ、パラメータに誤りがあると、それが次の工程に影響すること、またはクランプの適用が不適切になることに、気付くことができます。様々な要因が不具合の原因になり得ます。しかし重要なのは、その不具合を、高いコストが生じる実際の現場ではなく、デジタルの世界で発見することなのです。

適切な情報に基づいた主体的な意思決定をもとに、シミュレーションを適正に設定して、トライアウトをデジタル・マスターと一致させることができれば、修正ループを行う必要はなくなると、経験的に断言できます。 これこそが、フード・インナーで特に大きな成功を収めた理由でもあります。この事例ではトライアウトの時間が1/3に短縮され、非常に大きな実績となりました。

最後に、この事例を成功に導くためにご尽力いただいたオートフォーム社のヴォルカン・カラクス氏やイゴール・ブルチッツ氏らに感謝いたします。理想的なデジタル・マスターを作成するためのトレーニングを担当したオートフォーム社のメンバーは、OEMや金型メーカーでの勤務経験があり、そのサポートは非常に的確でした。オートフォーム社側から、これをクリックしてから、あれをクリックして、といった具体的な指示をいただくことはありません。その代わりに、こちらがシミュレーションを設定している傍らで、正しいエンジニアリングについて語ってくれます。このような知見こそが、知識を伝える上で不可欠なのです。この学びに対する実践的なアプローチによって、適正な意思決定のプロセスとデジタル・エンジニアリングを実現できるのです。