オーストラリア人から見た日本と欧州の金型メーカーの相違点
人生のほとんどをオーストラリアで過ごしたサム・クラフは、2008年10月にドイツに移住しました。現在はドイツのドルトムントのオートフォーム社でソーシャル・メディア・コーディネーターとして勤務しています。自身を取り巻く世界観や仕事環境に閉じこもってしまうと、物事は別の視点からまったく異なって見えることを忘れがちです。そこで広い視野を持つために、在独オーストラリア人であるクラフから「ドイツの生活と仕事」に関する話、そしてFormingWorld.com日本語版を立ち上げるために訪れた日本での異文化体験について話を伺いました。今回の投稿では、日本のプレス成形業界、特に工程計画の裏に見逃せない文化的背景とそのアイロニーについて、オーストラリア人の視点から紹介します。
先日、クラフはこのブログの日本語版を制作するために、東京のオートフォームジャパン社を訪れました。この新たなJapanForming.comは、日本では先例のないウェブサイトで、日本の読者にオリジナルの記事や英語版のFormingWorld.comから翻訳したコンテンツを発信しています。また反対にJapanForming.comには、アジア太平洋地域の専門家やお客様の記事を掲載し、それらを英語版のブログでも紹介していきます。
好奇心が強いクラフは、この訪日の機会を活かして現地の習慣や文化も学ぼうと考えました。ここにクラフが感じた日本の印象や感想をご紹介します。
「私はドイツに住んでいるオーストラリア人です。ヨーロッパに引っ越してきた当初は、生活面で慣れなければならないことが多くありました。そして先日の日本訪問時には、当然、文化、人々の気質について、数え切れないほどの疑問が湧きました。私は10代の頃にオーストラリア人となりました。正確には、私はニュージーランド生まれで、マオリ族の文化を受け継いでいます。その背景もあって、日本の同僚達の言葉に、強く共感することが多くありました。また彼らのボディ・ランゲージにも、多くの共通点を見つけました。
そのようなことから、日本語版ブログの立ち上げの傍ら、私の日本での異文化体験と、プレス成形やデジタル・エンジニアリングの取り組みにおける日本と欧州の違いをレポートすることにしました。オートフォームジャパン社に勤務するヨーロッパ人の同僚達も、仕事を通じて感じた違いを話してくれました。そこはまったくの別世界です。異なるのは文化だけではありません。仕事に対する取り組み方もまったく異なります。
私が特に驚いたのは、同僚達が一緒に楽しく過ごす懇親会です。オフィスを1歩出れば、一切の壁が取り払われます。勤務時間後は、食べきれないほどの料理を前に、お楽しみの時間が始まります。気をつけていないと、カラオケで歌わされてしまいます。先だってのNumisheet 2019のようなイベントの後には、決まってそうなります。私達とは違って、日本の同僚達はポップスターのように上手に歌います。もしマイクを握って、酷い歌を披露しても、心配する必要はありません。自分の歌がいかに酷く、みんなもそう感じたとしても、全員が一斉に褒めてくれます。ヨーロッパ人の同僚たちも、カラオケで同じような体験をしたと打ち明けてくれました。
この体験から、私は最初に文化の違いを理解しました。日本では、人を褒めることが信頼関係を築くと考えられているのです。事実、褒められ続けている間は、まだ外側の人間であると考えて間違いありません。そして、批判や訂正を受け始めたら、『やったね。ようやく仲間に入れてもらえそうだ』と思うことです。
一方、オーストラリア人は、少しも人を褒めたり、訂正したりすることはありません。それどころか、何とかして人を困らせ、からかうことで、笑い合います。それがオーストラリアの文化です。私達は、お互いの『悪口の言い合い』を、気さくな冗談として楽しむのです。オーストラリアでは、そんなことで気分を害し、怒るような人はいません。言われたことを上手に受け止めて、全力でやり返すのです。それを愉快にこなすことが理想的です。つまりより多くからかわれるほど、そしてより多くやり返すほど、より深く受け入れられているということなのです。
私が日本で最初に学ぼうとしたのは、コミュニケーションのスタイルの違いです。日本では、行間を読むことがきわめて重要であることに気付きました。それは、私にはまったくない習慣です。後になって『えっ? 誰もそんなこと言っていなかったけど!』となったことが多々ありました。ドイツには『言っていないことは、聞こえなくて当然』という表現があります。言い換えれば、西洋人が10個の事柄を伝えたいと思えば、10個すべてを説明した上で、念のためにあと5個を加えます。しかし日本で私は最も驚くべき表現に出会いました。それは『一を聞いて十を知る』というものです。日本の人達にとって、私達は口数が多すぎるのかもしれません。彼らは常にこのようなコミュニケーションを取っているのですから、行間を読む達人です。すべての会話は私がまったく理解しないまま進んでいきます。これに慣れていないと、自分の心が読まれているのではないかと疑うでしょう。面白いことに、この視点から、日本では相手に余計なことを言わないよう注意すべきことを学びました。日本では『声に出しながら』考えたり、『わざと反論して』議論を盛り上げたりする人はいません。そんなことをすれば、混乱を招くだけです。ヨーロッパ人の同僚達は、先を見越して考える方法と、メッセージを最も伝えたい事項のみに絞る方法を、どのようにして学んだか説明してくれました。しかし、私にはそれはできません。『ソーシャル・メディア担当者』として、私はおしゃべりであることが求められています。おしゃべりこそが、面白いブログを書くためのアイデアを集める方法なのですから。
もう1つの興味深い西洋人との違いは、最初、日本人の同僚達は情報を共有することに消極的な様子でした。しかし彼らは何かを意図して隠そうとしているわけではなく、単に、誰かの意見に対して人前で異論を唱えるのは失礼だという考えだったのです。そういうときは個人的に話をしようとします。私にとって、これはとても新鮮でした。このようにすると、協力に不可欠な信頼感が生まれるからです。日本では皆が協力者であり、前向きな意見を共有することで互いにモチベーションを高めているのを目にしました。彼らはチームのやる気を盛り上げるために褒めるのです。ドイツ人もとても協力的ですが、彼らはどちらかというと無遠慮で要点に徹することで知られています。ドイツ南部にこのような諺があります。“Nicht geschimpft ist genug gelobt.” これは『批判しないことが、すでに十分な称賛だ』という意味です。この言葉には、ちょっとした皮肉があるだけでなく、ドイツ人が互いに対してどれだけ遠慮がないかを表しています。
日本の労働文化の良いところは、皆が一丸となって取り組むことです。ヨーロッパやオーストラリアでは、誰もが船の舵取り役となることを夢見て、自分自身のプロジェクトを立ち上げます。そして時に、全体図を見失うことさえあります。しかし日本人は、正反対です。彼らは共通の意思決定をもとに物事を捉えます。そこにあるのは集団思考で、あらゆる決断が全員にメリットのあるものでなければならないと考えます。組織とその熱意に、ある種の信頼感を求めます。『私達にとって良いはずだから、同意しましょう』というのが根底にある価値観です。実際、これは私が背負うマオリ文化とよく似ています。部族のリーダーは部族全体のために意思決定をすること、そして部族全体を深く思いやることが重視されています。
オートフォームジャパン社の社員たちとの会話を通して、デメリットにも気付きました。このような思考方法では、既存の枠組みにとらわれない考え方をするのが難しいのです。たとえば、金型のトライアウトで言うなら、トライアウト・チームは合意した以上の代案は模索しません。表現しにくいのですが、全員が作業内容と担当者を明確に定義したと思っているようです。しかし実際には、日本での仕事の定義は非常に曖昧です。人生において、仕事が想像もできない方向に変わる場合があると、皆が口を揃えます。これはオーストラリアでも多かれ少なかれ言えることです。しかしドイツでは、多くの人々が定年退職するまで同じ仕事を全うしているように見受けられます。
プレス成形部品に関する戦略は、ヨーロッパと日本では全く異なります。典型的なドイツ人のイメージは、非常に慎重で、全員が10本の保険に入っているというものです。ヨーロッパのお客様は、最初の成形工程を検証してから、次に設計や工程計画へと移ります。このようにフィージビリティを段階的に進めていきます。一方、日本ではお客様のアプローチはまったく異なります。それはこのような『常に左右を確認する』という気質がないことが理由かも知れません。これを悪いことだと言いたい訳ではありません。ひとたび作業を開始したら、日本のお客様は『全力』を傾けるのです。つまり検証作業を行わずに、まずはプロジェクトを進めていきます。そして工程の80%まで整えてから、検討を開始します。これは特に工程開発とサーフェスの作成に言えることです。たとえば、ヨーロッパの金型メーカーのレイアウト設計部門は、この作業に2週間を予定するとします。2週間が経過した時点では、レイアウトの40%を完了し、それ以外にも複数の代替案を用意しています。 ここで大切なポイントは、代替案を残しつつも、金型設計の妥協点を探ることです。ヨーロッパでは、この完成には至らない早期段階から、多くの議論が交わされます。しかし日本では、事情が大きく異なることを目の当たりにしました。日本では、非常に厳しいガイドラインに従わなければならないため、初期段階は2倍の期間を要することに驚きました。そのため、最初の評価を行うまでには、工程計画や金型設計が高い成熟度に達しています。そして次の段階では、工程設計の完成度が80%から95%に高められます。この時点で妥協できる選択肢は、より狭まっています。ドイツでは成熟度が低い早期段階で検討を行うため、このアプローチがもたらす自由度の高さを自在に扱うことができます。このような気づきから、JapanForming.comに貢献すべき私の目標のひとつとして、ヨーロッパのOEMの成功事例を紹介することに決めました。同様にFormingWorld.comについても、日本における知見を紹介する場として活用していきたいと思います。
FormingWorldとJapanFormingが連携したブログのウェブサイトは、プレス成形業界のコミュニティのグローバルな情報交換プラットフォームとなりえる可能性を秘めています。エンジニアリングに関するアイデアや詳細な工程情報、そして文化的な違いを世界規模で共有する機会となり得ます。
もちろん、JapanForming.comプロジェクトの立ち上げは、とてもやり甲斐がありました。何より日本の食事が懐かしいです。それはドイツで見かける『ジャパニーズ・フード』とは全く異なります。日本で食べる料理の方が遙かに優れています。魚が新鮮なだけではなく、繊細な味付けや多くの薬味があることもその要因です。またオーストラリアにも大きな日本人コミュニティがあり、新鮮な魚も容易に手に入るので、オーストラリアの日本食はすばらしいです。
一方ドイツでは、レストランのテーブルに置かれている調味料は古き良き塩とコショウだけです。日本人の同僚が最近ドイツを訪れた際に、私にそれを気付かせてくれました。
『ドイツは変わったところですね。何にでもお塩しかかけないのですか? どこでもお塩しか置いてないですよね。ヨーロッパの人達はお塩だけが好きで、他には何も要らないのですか?』
日本を訪れてみて、彼が正しかったことに気付きました。自分の舌に合うように、塩をかけたいと思ってテーブルを探しても、なかなか見つかりませんでした。また、つい先日、日本の同僚達をドイツのレストランに連れて行ったときのことです。彼らにとって、私達の普通の食事はすでに塩味が濃すぎたのです。一方のヨーロッパの同僚達は、もちろん、さらに塩を振りました。
この場をお借りして、オートフォームジャパン社のみなさまに改めて感謝の意を表します。日本語に堪能な読者の皆様には、JapanForming.comにて、定期更新されるコンテンツと翻訳記事をお楽しみいただけます。」