リー・ミョンギュ教授との対談 – エレクトロモビリティ時代におけるプレス成形業界の未来および初となるIDDRGバーチャル会議開催について

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注: この投稿記事は、英語を母国語とするアメリカ人によって校正済みです。

サイエンス・トーク
本稿では、ソウル大学校工科大学材料工学部のリー・ミョンギュ教授との対談をお送りします。エレクトロモビリティ時代におけるプレス成形産業の変革について、リー教授の見解を伺いました。また、今後数十年に渡りこの流れが続くと思われる中、プレス成形の研究が果たすべき役割についてもお話しをいただきました。そして、初となる国際深絞り研究グループ(IDDRG- International Deep Drawing Research Group)のバーチャル国際会議の開催準備にまつわる体験談や、コロナ禍が科学的過程に与えた大きな影響についても伺いました。

リー教授、本日はよろしくお願いします。まずはリー教授の研究分野について伺うところから始めたいと思います。教授はプレス成形の研究に数多くの有意義な貢献をされています。この分野で現在も進行中のプロジェクトはありますか? また最も喫緊な課題は何であるとお考えですか?

>> ソウル大学校の私の研究室では、構造材の基本的な機械的応答の研究を専門的に扱っています。固体力学、数値力学および実験力学をベースとして統合されたマルチフィジックスおよびマルチスケール機械工学による材料の変形および機械特性の最適化に重点を置き、金属、ポリマー、ファイバーの強化合金で構成される材料の研究開発を行っています。これは自動車部品や電気器具の製造、バッテリー部品、ハイブリッド接合技術、新材料、工程設計などの分野に応用できます。他にも実験力学および構成モデリングの分野で、非線形かつ異方性が非常に強い材料の機械特性を得るための実験的手法にも取り組んでいます。

プレス成形分野の諸問題に対応するには、微細構造が材料系の特性に与える影響を解明すると同時に、最先端の数値モデルおよびシミュレーションを開発することがとりわけ重要です。これらは現場の技術者たちがより性能の高い材料や工程を設計する上で役立ちます。そのため、私たちは現代自動車の研究開発チームと共同プロジェクトを立ち上げ、熱機械-治金的工程および微細構造の変化、そして強度、異方性、成形性などの最終機械特性までを網羅するバーチャルな統合シミュレーション・プロセスの開発に取り組んでいます。

エレクトロモビリティが勢いを増していますが、韓国の自動車業界ではすでにこの分野で先駆的な開発を行っています。今後数十年で、これがどのようにプレス成形産業を変えていくとお考えですか? またエレクトロモビリティは、この分野の科学的発展にどのような影響を与えるでしょうか?

>> 今年の始めの公的報告書によれば、2020年、韓国政府は国内産業および公共事業へのエレクトロモビリティ関連の投資を2019年比で50%増額しています。この資金から環境にやさしい電気自動車およびハイブリッド車の購入と、韓国内の充電ステーションの拡充が行われました。参考までに、産業通商資源部(MOTIE)によれば、公的機関に納入した新車の約70%がエコカーでした。また韓国政府は、エレクトロモビリティの研究開発活動を行う企業、研究機関や大学への補助金を増額しました。最も大きな予算が割かれているのは、政府主導による水素燃料電池自動車(FCEV)の研究開発への投資です。その成果はバッテリー駆動の電気自動車には及びませんが、FCEV市場は韓国政府の支援によって急成長するでしょう。

エレクトロモビリティの台頭が、プレス成形業界の今後に影響を及ぼすことに疑問の余地はありません。プレス成形技術における大きな変化は、成形工程および材料の自由度の増大だと思います。そして未来のエレクトロモビリティの中核的な課題も、現在と同じく車体の軽量化でしょう。エレクトロモビリティの需要に応じて、新たな材料の開発がより短期間で進むため、車体設計に採用される材料を理解することは極めて重要です。

ご存知の通り、電気自動車の車体設計における一番大きな変化はバッテリーの搭載に関わるもので、車両のサイズや仕様に応じてさまざまな設計コンセプトが存在します。また、バッテリーは一般的にモジュール方式であるため、新たな車体構造設計の自由度を大幅に狭めて、さまざまなバッテリー搭載コンセプトに対応しなければなりません。その結果、同じ生産ラインで別の部品を生産し、プレスや金型のコントロールの自由度を高めることで、コストや生産時間の削減を図る場合もありえます。

車体の軽量化は、エレクトロモビリティの鍵となる設計パラメータです。またバッテリーを搭載するた

めに複雑な車体構造を設計するために、鋼材、アルミ、ポリマーなどの異なる材質を組み合わせるマルチマテリアル戦略の重要性も高まりつつあります。乗員の安全とバッテリーの保護のため、近い将来、高強度鋼とアルミ合金を使用したプレス成形部品が開発される可能性もあります。今後も主流となる成形技術はプレス成形だとは思いますが、複雑な形状のプレス成形部品を生産するために必要な自由度を高めるために、ロール成形やインクリメンタル成形といった従来とは異なる成形方法も積極的な検討が進み、また標準的な溶接から機械的接合まで、さまざまな接合技術もマルチマテリアルのプレス成形部品生産に導入されていくでしょう。

図1: 理論と実験のギャップを埋めるマルチスケール・モデリン

エレクトロモビリティの実現に向けた科学的成果としてプレス成形部品の自由度が向上し、材料の選定、成形および工程パラメータの多様化が進んでいます。しかしこれらを最適化するには試行錯誤が伴うため、コストが増大します。そのため有限要素解析に基づくシミュレーション技術こそが、自動車業界を支えるテクノロジーとなるのです。シミュレーションによって、従来の金型設計のように成形や接合のコストを最適化できるだけでなく、工程の安定性を特定するためにデジタル・ツイン環境を構築することもできます。エレクトロモビリティにみられるマルチマテリアル・システムでは、各材料の特性だけでなく、成形や形状に及ぼす影響を理解する必要があります。そのため工程全体、微細構造の特性、およびその結果としての機械特性を網羅したシミュレーションを開発しなければなりません。 マルチスケール/マルチフィジックスを基盤としたシミュレーション技術を急成長しているビッグ・データ解析と組み合わせることが、自動車業界の未来に不可欠な研究分野となります。

教授は世界でも先駆的なプレス成形分野のバーチャル会議の開催準備を進めていらっしゃいますね。どのような体験が原動力になっているのかということと、ここまでの課題を教えていただけますか?

>> 元々の計画では、2020年6月初旬に釜山でIDDRG 2020を開催する予定でした。当初は新型コロナの影響で10月末まで延期したのですが、最終的にIDDRG実行委員会の賛同を得て、初の IDDRGバーチャル会議を開催することに決定しました。バーチャル会議を成功させる上で最も大きな課題は、プレス成形コミュニティからより多くの人々に参加していただくことです。

幸いなことに、Esaform 2020の組織委員会から貴重なアドバイスをいただき、また材料成形分野のバーチャル会議開催の成功談も聞かせていただきました。もちろんバーチャル・プラットフォームに起因する数々の問題に直面しましたが、初となるIDDRGバーチャル会議の新たな成功談を組織委員会が懸命に導き出してくださいました。すでに当初の期待を上回る180を超える要約をいただいています。世界中のプレス成形コミュニティからの多大なる関心とサポートに感謝いたします。

IDDRG会議の最大の強みは、常に学界と産業界の両界から寄稿や参加がある点ですが、バーチャル会議でも同じような反響があると思いますか?

>> IDDRG会議は、産業界および学界の名だたる専門家や研究者の交流を促進する場であることにおいて、他に類を見ません。IDDRG会議の理念にたがわぬよう、バーチャル会議でも、プレス成形分野の産業界および学会の両方からの参加や寄稿のバランスを重視しています。両界から素晴らしい講演者をお招きしています。学会からの講演者については、ほとんどの場合、産業界の経験がありエンジニアとも緊密な協力関係にある方に依頼しています。タイミングよく気軽に海外へ渡航できない産業界従事者の方々には、このバーチャル・プラットフォームに利便性を感じていただければ幸いです。勤務時間外であっても、またどこにいても、バーチャル会議に参加することができるよう、会議の日程を5日間に延長しました。2020年のIDDRGバーチャル会議では、Barlat教授と桑原教授による理論および実験上の塑性とプレス成形について、2回のチュートリアル・セッションを開催します。プレス成形の基礎を学んでいる学生やジュニア・レベルの研究者にとって、貴重な学びの時間となると確信しています。

IDDRGをバーチャルで開催するのは必要に迫られてのことですが、これが今後の会議に大きな刺激となるかもしれません。IDDRG2020が先例となり、今後のプレス成形会議開催にどのような影響があるとお考えですか?「コロナ時代」の収束後も、バーチャル会議は定着するとお考えでしょうか?

>> 確かに、現在も人々の移動が制限されているため、今年はIDDRGをバーチャル・プラットフォームで開催せざるを得ませんでした。新型コロナのパンデミック以前にも、バーチャル(またはオンライン)会議はライブストリームのイベントとして着実に増加していました。世界的なロックダウンによって、このトレンドが加速しただけだと思います。その一方、対面の議論やネットワーク作りなど、簡単にはデジタルに置き換えることができない対面会議ならではの利点もあります。たとえば、IDDRG会議では現地企業訪問を併せて開催していましたが、バーチャル会議ではこのような企画を提供することができません。双方の利点を上手く取り入れたハイブリッド・イベントが、また新たな選択肢となるかもしれません。

では、広い意味での科学的プロセスについてはどうですか?コロナ禍によって実験作業に支障は出ましたか? 科学の創出という点において、「コロナ禍」は大きな影響を及ぼすしょうか?

>> 北米や欧州では大半の大学が一定期間ロックダウンされ、研究者は研究室で作業できませんでした。幸いなことに、韓国で感染拡大が最も深刻だった期間も、韓国の大学院はロックダウンされませんでした。私たちは問題なく研究を続行することができ、実験作業が中断することもありませんでした。もちろん、外部から試料を調達して準備するのに多少の不便はありましたし、研究プロジェクトを支援してくださっている出資企業とは、オンラインでミーティングをしなければなりませんでした。しかし世界中の多くの研究者たちが、より厳しい現実に直面していたことも承知しています。科学的過程は極めて柔軟で回復力も強く、困難が降りかかっても進んでいくと信じています。

著者について:
リー・ミョンギュ博士は、韓国のソウル大学校で博士号を取得しました。現在はソウル大学校工科大学材料工学部教授であり、プレス成形、数値塑性、材料工学を専門とし、先進構造材の有限要素モデリング、マルチスケール・モデリングおよび複雑なひずみ経路の変化が発生した場合の材料の変形作用を解明する実験に携わっています。また、塑性理論、先進構造モデリングおよび有限要素シミュレーションに関する学術論文250編以上、会議議事録2巻、著書1巻、書籍の3章を共同執筆しています。塑性分野での優れた貢献が認められ、2014年国際塑性論文賞を受賞しました。また、2018年POSCO奨励賞を受賞しています。博士は、2020年10月の第39回IDDRG会議の議長を務めます。

共著: ニコ・マヌプロ/リー・ミョンギュ博士