スターウォーズ『マンダロリアン』と高強度鋼のプレス成形

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ドラマ・シリーズのレビューとマンダロリアン・アーマーのプレス成形におけるフィージビリティの検証

昨年投稿した英語版ブログ記事「Top Sheet Metal Stamping Movies」では、映画『8マイル』のレビューをお届けしました。映画産業でプレス成形にスポットライトがあたることはほとんどありません。この投稿記事では、スターウォーズの世界で高強度鋼材(AHSS)が担う重要な役割について詳述します。驚くべきことに、これが非常に魅惑的なのです。そしてスターウォーズのファンたちを興奮の渦に巻き込んだマンダロリアンのアーマー・スーツを(シートから)プレス成形する場面から、フィージビリティを検証します。

遠い昔 はるか彼方の銀河系で マンダロリアンの物語…

月にでも引きこもっていないかぎり、『マンダロリアン』がディズニープラスで配信されている話題のオリジナル実写ドラマ・シリーズであることをご存知でしょう。ペドロ・パスカル演じるタイトルの賞金稼ぎと、ザ・チャイルドとも称される愛らしいグローグーを中心に展開するこのシリーズは、昨年インターネット上で公開されると大ブレークしました。ハードコアのスターウォーズ・ファンでなくても、重武装した傭兵が一転して、フォースを操る謎めいた子供を父親に代わって守るストーリーと聞けば、その魅力の一片を感じるでしょう。

ザ・ガーディアン紙は、『マンダロリアン』を「素晴らしい。怪物が素晴らしい。宇宙船が素晴らしい。ロボットが素晴らしい。風景はため息の出るような美しさ。酒場での異星人の小競り合いは、臨場感に溢れている。」と評しました。

1話あたり1500万米ドルの制作費を投じている『マンダロリアン』は、『ジェダイの帰還』から5年後、J・J・エイブラムス監督の続編『フォースの覚醒』の25年前を舞台に繰り広げられます。このシリーズもまた緊張感漂う、無法の宇宙で展開します。

ご興味がおありでしたら、ディズニーによるシーズン1のまとめ動画(1:30)をぜひご覧ください。

孤高の賞金稼ぎであるマンダロリアン(「マンドー」)は、腕は立つ反面、お金を稼ぐために、報酬が高い仕事を請け負っていました。ある時、賞金稼ぎギルドから「獲物」とだけ呼ばれる逃亡者を捕獲する仕事を紹介されます。

依頼主は報酬をベスカーで支払うと言います。ベスカーは伝説として有名なマンダロリアン・アーマーに使用するきわめて耐久性の高い金属です。マンドーは獲物であるザ・チャイルドを捕獲しますが、彼らの間には絆が芽生え、また自分も両親を失い孤児であったことを鮮明に思い出すと、ザ・チャイルドを孤児にしたくないという気持ちが強まります。

それでもマンドーは仕事を全うし、威圧的なクライアント(実はダース・ベイダーの銀河帝国の残党)にザ・チャイルドを引き渡します。このクライアントはザ・チャイルドに何らかの実験をするつもりであると知ると、マンドーに迷いが生じますが、しかしベスカー(スターウォーズ世界のAHSS)のインゴットで報酬を受け取ります。しかしマンドーはザ・チャイルドの運命に思いを巡らせた末に奪還しました。けれどもマンダロリアンの教義(戦士の掟)では、ザ・チャイルドを同胞の元に戻さなければならないことを知るのです。こうして、二人の冒険が始まります。

さて、これがプレス成形とどのような関係があるのでしょうか?

美しいアーマーで武装する

マンドーの報酬がベスカーのインゴットであったことは、マンダロリアン戦士には意義深いことです。スターウォーズの伝説によると、ベスカーは極度の衝撃に対して高い耐性を持つ銀河最強の金属です。マンダロリアンは、数千年にわたって、ベスカーでアーマーを製作してきました。ブラスターの直撃弾を防ぎ、ライトセーバーの攻撃に耐えることができる唯一無二のアーマーで武装したマンダロリアンは、ジェダイの強敵として名をはせていました。

図1: マンダロリアンの武器師を演じるエミリー・スワロー(左)

マンダロリアンの鍛冶職人でもある武器師(エミリー・スワロー)は、大粛清で失われたベスカーを報酬として取り戻したのは名誉あることだと讃えます。大粛清は、マンダロリアン戦士の文化がジェダイに次いで脅威となると考えた銀河帝国が、マンダロリアンを絶滅させようとした大混乱の時代でした。

この金属はそれほど貴重であったため、マンダロリアンはその成形方法について秘密を固く守っていました。さらにスターウォーズ世界にてベスカーのインゴットは、金の価値を上回る通貨です。このようにマンダロリアンのドラマ・シリーズでは、超高張力鋼が重要な役割を果たします。

ディズニーは、武器師が製作したマンダロリアン・アーマーを披露する魅惑的なシーンを通して、武器師の肩越しに秘密のベスカー鍛造技術を見せてくれました。

図2: アーマーで武装することは、リソルネアと呼ばれるマンダロリアン戦士の文化を規定する
6つの教義のひとつです

マンドーのアーマーがようやく完成すると、ファンたちはインターネット上で大いに盛り上がりました。「ベスカーの価値は?」といった数多くの動画がYouTubeにアップロードされ、スターウォーズ世界での金銭的価値について議論が取り交わされました。また通貨を手にしたい願望に応えるように「ベスカーのインゴットを作る方法」を説明する動画も多く投稿されました。さらにはダマスク鋼に見られる水の波紋のような特徴的な模様をベスカーのインゴットのレプリカで再現する方法について詳細に説明したDIYのウエザリング加工のYouTube動画もあります。レプリカのインゴットには、大静粛で没収されたことを示す帝国の刻印さえ再現されたものもあります。3Dプリントでベスカーのスマホ・ケースを作ったファンもいます。

図3: ベスカーのインゴットを手作りするファン

また多くのファンがコスプレ用にマンダロリアン・アーマーを自分で作っています。完成度が高い3Dプリントのアーマー・セットを発見し、Galactic Armory Store (銀河武器庫ストア)に連絡してみました。ストアのオーナーは、自宅に3Dプリンタがある製作者向けに3Dファイルと、作成の手引きとなるチュートリアル動画を公開しています。

図4: すべて3Dプリントで製作したGalactic Armory Storeのアーマー・セット

マンダロリアン・アーマーのプレス成形

アーマーにこれほどの関心が集まる中、私たちはその成形性を検証するフィージビリティ・スタディを実施することにしました。特に形状が特殊なヘルメットをどの程度まで作り込むことができるかについて注目しました。そこでGalactic Armory Storeのアーロン氏から3D形状の使用許可をいただき、オートフォーム社テクニカル・ディレクタのバート・カーレア博士が成形性を検討し、レポートをまとめました。

図5: 生データの3D形状を半分に分割

「ヘルメットの形状は凹凸が大きいため、まず最初にデータを準備しなければなりませんでした。この形状の場合、ヘルメットを左右のセグメントに切り分けることにしました。これはプレス成形後に組み立てます。これら2つのセグメントは、ヘルメットの開口部が向き合うように対称に配置しました。この配置でプレス成形することで、両方を1回で絞ることができるのです。

図6: AutoFormを使用した解析

「プレス成形解析を実施する前に、初期フィージビリティ解析を行い、部品のリスク領域を特定しました。結果は上図のとおりです。オートフォーム社のソフトウェアで簡易的なドロー型サーフェスを作成し、AutoForm-StampingAdviserで解析した結果(図6の左下)、ヘルメットの耳周りに赤色が示されました。 これは、オリジナルの設計にシャープ・エッジやアンダーカットがあるために、絞るとわれが発生することを意味します。そのため、耳部分の領域に形状の修正を加えました。それが、右側の図です。いくつかの半径を滑らかにして、アンダーカットをなくしたことで、部品をプレス成形できるようになりました。

「その後、もう一度フィージビリティ解析を行いましたが、ヘルメットの耳部分に大きな改善が見られました。まだ軽微なリスク領域が残っていますが、こういったものは通常は次のプレス成形シミュレーションで解決します。実際にドラマで装用しているヘルメットは、このイヤーピースは別途取り付ける形式になっているので、シミュレーションする必要はありません。しかし今回はあえて成形が難しい部品を1回でプレス成形することにこだわりました。

図7: プレス成形解析によって理想的なストレッチを実現

「次に長方形のブランクを挿入し、仮のパラメータ設定を使ってプレス成形解析を実行しました。図7(左上)がその結果で、大きな長方形のブランクを使っていることがわかります。その下が成形性の結果で、緑の領域で示されているように、適切にストレッチしています。また、ヘルメットの頂点のブルーの領域の近くには、オレンジや黄色のスポットが確認できます。これは注意が必要な状況で、圧縮領域のすぐ隣にわれのリスクがあることを示しています。プレス成形工程を確実に行う上で良くない兆候です。

「図7の右の上下2つの画像は、工程最適化の結果を示しています。材料のコントロールを改善するため、ヘルメットの頂点と長辺に沿って、いくつかドロービードを追加しました。さらにブランクのエッジを切断して取り除きました。これは、材料のロックを解決するためによく使われる手法です。これで材料の流れを大幅に改善できました。われの危険性が緩和されたのがわかります。ストレッチで妥協するため、少しバランスを取る必要がありました。ヘルメット自体に圧縮/伸びが発生していますが、これはコントロールできていて再現可能で、ヘルメットを連続してプレス成形できる安定した工程となっています。

図8: AutoFormの解析結果とファイバーグラス製のヘルメット(レプリカ)との比較

「これがプレス成形工程した部品の最終結果です。トリム工程で部品をスクラップ材から切り離すとヘルメットの最終形状となり、これを溶接したら完成です。ファイバーグラス製のレプリカの方が高品質ですが、このプレス成形シミュレーションでは、AutoFormの材料データベースから鋼材を選択しました。この部品を実際にプレス成形してはいませんが、作業の締めくくりとして、組み立てたヘルメットにクリア・コーティングを施すと、磨かれた金属の光沢を維持することができます。

カーレア博士、この興味深い検証にご協力いただき、ありがとうございました。『マンダロリアン』は、自信をもってお勧めする最高の「AHSSのプレス成形を代表するドラマ・シリーズ」です。SFドラマだと思われがちですが、むしろクリント・イーストウッドがガンマンを演じる西部劇のような古き良き時代を彷彿させる、魅惑的な世界に惹きこまれるであろうことに間違いありません。誰が最初に引き金を引くか、絶対にわかりません。

これこそ「我らの道」です。

画像提供:ディズニー・メディア&エンターテイメント・ディストリビューション