『ロード・オブ・ザ・リング: 力の指輪』から指輪の鋳造における材料理論の現実性を検証

0

 映画から紐解くプレス成形のレビューを不定期にお届けしていますが、本稿では『ロード・オブ・ザ・リング』の世界を特集します。過去には『8 Mile』と『スターウォーズ: マンダロリアン』からプレス成形に着目したレビューを掲載しました。映画の中で効果的に使われる貴金属類は、そのほとんどが魔術の道具、魔法の刀剣、または無敵のロボットなどと深く関係していることにお気づきでしょうか。本稿では数ある魔法の中でも特に「力の指輪」について掘り下げます。SFやファンタジーが好きな読者のみなさまに喜んでいただけると幸いです。

 アマゾン制作のドラマシリーズ『ロード・オブ・ザ・リング: 力の指輪』から、指輪の鋳造に重要な役割を果たした場面について考察を進めます。その鋳造に伴う材料加工は、現代の材料科学の理論に則り検証できるものなのでしょうか。あるいは力の指輪の鍛造は、単に魔法の世界の出来事なのでしょうか。

 クリティカルシンキングを止めて、魔法と不思議の世界に迷い込んでみるのはいかがでしょう。

中つ国 第二紀: ヌーメノール時代

 アマゾンの期待作『ロード・オブ・ザ・リング: 力の指輪』はさまざまな評価を得ています。ガーディアン紙が「ハウス・オブ・ザ・ドラゴンが素人作品に思えるほど驚異的」と称賛する一方、フォーブス紙は「ロード・オブ・ザ・リングに対するアマゾンの尊大な裏切り行為」と酷評しています。またThe Review Geekではそのマーケティング戦略を批判し、近年のキャンペーンの中でも特に賛否が大きく分かれる大惨事と評しています。

 エピソード毎に8900万ドル(『ザ・マンダロリアン』は1500万ドル)という莫大な費用を投じた『力の指輪』は、映画版『ロード・オブ・ザ・リング』から5000年前に遡ります。舞台は中つ国の第二紀、サウロンの失脚によって終焉を迎えるくだりは、『指輪の仲間』の冒頭、ケイト・ブランシェットが演じるガラドリエルによって詳しく描写されています。

シーズン1予告:

 シーズン1の予告編では、中つ国全体に広がる闇を阻止すべく、サウロンの打倒を絶対の使命とする主人公ガラドリエルが登場します。諸悪の根源である冥王モルゴスとの戦いは終止符を打ったとされる中、偏執的な戦士であるガラドリエルだけはサウロンがどこかに潜伏していると信じて止みません。

モーフィッド・クラーク(ガラドリエル)
クレジット:マット・グレイス、アマゾン プライムビデオ

 ガラドリエルの物語には力の指輪が初めて鍛造されるシーンが描かれていますが、ここでまず材料科学に対する疑問が生じます。彼女の物語はシリーズ5本立てのプロットの1つに過ぎませんが、シーズン1ではガラドリエルが大きな存在感を示しています。モーフィッド・クラークがガラドリエル役を演じたことに対し、多くの視聴者が「淡白で、甘ったれで、ふてぶてしい」と否定的に捉えています。このような批判的な意見に同意する部分もありますが、トールキンの原作では、ガラドリエルは西方国に勢力を拡大し、新たな土地を支配下に置こうとする帝国主義者であることを忘れてはなりません。個人的には、クラークの描写は原作に忠実だと思います。

トールキンの作品世界における「ミスリル」は神聖な金属

 シリーズを貫く第二の物語は、ドワーフがモリア(黒い杭)の鉱山で採掘した金属の発見です。そのミスリルと称される金属をドワーフたちは「まことの銀」とも称しています。しかしこの現世界で銀と称される金属とは異なり、この最強の金属は決して変色しません。

 ドワーフは鉱山の地下に広がる闇をひたすら深く掘り続けました。第三紀になると、彼らは迂闊にも第一紀の戦闘から逃れ眠っていたバルログを呼び覚ましてしまったのです。バルログは解き放たれ、ドワーフ王国は滅亡への道を辿ります。そしてミスリルの採掘も中止となり、この金属の価値が高騰しました。このバルログは『ドゥリンの禍』として500年もの間モリアを支配することとなりました。

 いや、先を急ぎすぎました。『力の指輪』の世界でミスリルが発見されたのはつい最近のことで、ドワーフとエルフはまだフィージビリティ検討を進めているところです……

エルフを救った金属

 『力の指輪』に登場するエルフの状況は悲惨です。中つ国の『ヴァリノールの樹』が枯れ果てると、エルフは徐々に衰退していきます。『不死の地』として知られるヴァリノールはエルフの故郷です。伝承によると、エルフはみなヴァリノールの光を自身の中に持っています。第7話ではエルフの衰退を逆転できる新たな鉱物『ミスリル』が発見されます。エルフの葉を侵す疫病がミスリルによって治癒されるのをドワーフのドゥリン王子が目撃する場面は非常に美しく描かれています。

 しかし残念なことに、エルフは樹を治癒するには十分なミスリルを持ち合わせていません。

力の指輪の鋳造

 高名なエルフ鍛冶師であり、トールキンの世界では伝説的な存在であるケレブリンボール卿は、解決策を見出すために苦闘していました。鍛冶職人のハルブランドがその名高い工房を前に畏敬の念を抱きつつ「何を作っているのですか?」と尋ねると、セレブリンボール卿は「ちょっとしたものを作りたかったのですが、何も足りていないのです」と答えます。するとハルブランドは持論を展開します。

「失礼ですが、馬鹿げた話に聞こえるかもしれませんが、合金によってはその性質を強化させることはできないのでしょうか?」

 ケレブリンボール卿は「き、強化?」と訝し気です。

「私の故郷では貴金属は鶏の歯のごとく希少でしたから、それらを組み合わせることで特長を生かし難点を隠す工夫を重ねてきました。鉄に微量のニッケルを加えると、刃物を軽く、強靭にすることができます。あるいはこの鉱石の性質を強化させる合金があるかもしれません」

クレジット: アマゾンプライムビデオ

 ハルブランドはさらに一歩踏み込み、その合金が肉体を支配する力になる可能性すらを示唆します……。

 シーズン1最終話のタイトルは『合金』です。

材料の性質を『強化』し難点を隠す

 ハルブランドは、合金の利点として性質を強化できること、そして難点を隠せることを挙げています。これは科学的な裏付けがないように思われるかもしれません、しかし合金化は確かに材料の難点を隠すための手段となりえます。未加工の金属は軟らかく脆い場合が多く、加工には不向きです。しかし金属を混合することで、複数の材料特性を1つの合金に束ねることができます。

 たとえば、鉄に非金属の炭素を加えると鋼材になり、鉄にクロムを加えると腐食に強いステンレス鋼になります。鉄にニッケルを加えると成形性が高まり、耐食性も向上します。このように脆い材料を合金にすることで弱点を克服できるため「難点を隠す」ことになるのです。

 欠陥を逆手に合金を改良するための方策について、ピッツバーグ大学スワンソン工学部から「Design metastability in high-entropy alloys by tailoring unstable fault energies (不安定な欠陥エネルギーの調整を通じた高エントロピー合金の準安定性の設計)」というタイトルのホワイトペーパーが最近発表されました。この研究を主導しているウェイ・シオンは「合金へ意図的に欠陥を付加することで、材料の延性(柔軟性)を維持しながら合金を強化する方法を示しています」と述べています。

 この研究では変態誘起塑性 (TRIP)および双晶誘起塑性 (TWIP)を通じて強度と延性の相殺を解消できる革新的な設計特性が提案されています。面圧下で起こる微細組織の変化を利用することで目的に応じた欠陥が成形され、材料の強度が高まるのみならず、究極的には材料固有の欠陥が解消されます。主執筆者のシン・ワンは「不安定な微細組織を解明すれば不安定性を予測することが可能になり、ひいては欠陥を利用して強度と伸びをさらに高めることができます。その結果、材料の自己強化、つまり材料を変形させると、材料自体の強度が高まるようになるのです」と述べています。

 宇宙開発プロジェクトが活発化し、月面を拠点とする宇宙ステーションが間もなく実現することが発表されています。各分野の研究が進む中、かつては魔法とされていた出来事がこの現実世界で次々と実用化されてゆくことを感慨深く思います。

 『ロード・オブ・ザ・リング: 力の指輪』のドラマシリーズについては、10点満点中9点と評価しています。読者のみなさまはこの評価に同意されますか?他の指輪がどのように鋳造されるのか、シリーズの続編を楽しみに待ちましょう。

 今後も金属の成形にまつわる映画やテレビ番組のレビューをお届けします。

 材料に精通したオートフォーム社のエキスパート、ムフシン・カージズならびにアンドリュー・ウォーカーの両名に感謝します。