電気自動車の普及における鉄鋼の役割: チャンスと課題

 自動車産業が電気自動車(EV)へと大きくシフトする中、さまざまな分野で変化が生じ、同時にチャンスが訪れています。そのひとつが、数十年にわたり自動車産業において極めて重要な役割を担ってきた鉄鋼です。EVの普及が進む中、基礎研究・教育機関であるAuto/Steel Partnershipは、EVのバッテリー筐体に先進高強度鋼(AHSS)を使用すべく調査を進めています。本稿では、進化を続ける鉄鋼の役割と持続可能性への寄与、そしてこの変革の時代に求められる企業の成功戦略について概説します。

電気自動車への移行
 EVの急成長は自動車業界にパラダイムシフトをもたらしています。自動車メーカーでは二酸化炭素排出量の削減と持続可能性の向上を重視し、内燃エンジン(ICE)から電動パワートレインへの移行を進めています。このシフトに伴い、EVの性能と効率を最適化すべく新たな材料と技術の開発が急務となっています。

先進高強度鋼とバッテリー筐体
 EVの普及に伴い、その安全性と効率を担保する上で、軽量でありながら高強度な材料へのニーズが高まっています。そこで高い関心を集めているのが先進高強度鋼です。長年にわたり、鉄鋼は軟鋼から、高強度かつ成形性を向上させた先進高強度鋼へと進化してきました。このような新しい鋼種は優れた強度対重量比を有するため、EVのバッテリー筐体などの用途に向いています。先進
高強度鋼を用いることで重量を最小限までそぎ落としつつも構造の最適化を最大限に高め、バッテリーを効果的に保護することができます。

脱炭素化と持続可能性に向けた鉄鋼の進化
 鉄鋼業界では自動車業界と共に脱炭素化と持続可能性への取り組みを積極的に進めています。鉄鋼メーカーでは、電気アーク炉や水素を利用した製鋼など、より環境に優しい生産プロセスを採用することで、二酸化炭素排出量の削減に寄与しています。また鉄鋼は品質を損なうことなくリサイクルできるため、持続可能性が非常に高い材料です。このような進化を通じて、鉄鋼は低炭素化社会の実現という目標に大きく貢献します。

変化する情勢に応じた成功戦略
 このような変革期においては、鉄鋼業界や自動車業界にて事業成功を見据えた戦略を立てることが極めて重要です。

(a) 判断材料の把握:持続可能性の目標、コスト効率、法規制への対応など、この変革期に考慮すべき判断材料を把握する必要があります。

(b) 基本原則の重視: 変革の渦中にあっても、品質、信頼性、費用対効果といった基本原則を重視することが長期的な成功を収める上で重要です。

(c) 革新技術の活用: 革新的な技術、材料、生産プロセスを取り入れることで、企業の競争力が高まります。EV時代の需要に対応するにはAHSSやその他の先進材料の研究開発が欠かせません。その一例が、世界鉄鋼協会の自動車部会WorldAutoSteelのSteel E-Motiveプログラムです。エンジニアリング協力会社であるリカルド社と共同開発したSteel E-Motiveのバッテリー筐体は、ベンチマークと比較して質量を37%削減しつつも保護性能が優れている電池パックであり、まさにインテリジェントなアプローチと言えます。

(d) パートナーシップの構築: 複雑な課題に取り組むには自動車メーカー、鉄鋼メーカー、その他の関係企業による協力体制が不可欠です。パートナーシップを構築することで、知識の共有や共同研究が進み、技術進歩が促進されるのです。Auto/Steel Partnershipでは関係各社から担当者が集まり、総力を結集して基礎研究に取り組むことで研究予算の拡大を図っています。またオートフォーム社のように業界に精通したエキスパートもさまざまな側面から協力を行っています。最近では、A/SPとオートフォーム社が協力して、材料構成データがプレスの荷重の予測精度にどのように影響するかを解明しました。この研究を通じて製造プロセスにて消費されるエネルギーの削減を図ることができます。2023年5月には、Great Designs in Steelにおいて、A/SPを代表してMartinreaのVince Milliotoがこの研究の一部を発表しました。オートフォーム社とは今後もさまざまな共同研究が予定されています。

(e) 当事者としての責任: 自動車産業では、ドライバーや同乗者への配慮を最優先に安全性の向上を図ってきました。同様に、二酸化炭素排出量の削減の取り組みにおいても、鉄鋼業界と自動車業界は環境問題や次世代への影響を考慮し、当事者としての責任をもって持続可能性に対する取り組みを進める必要があります。

まとめ:
 EVへの移行は、鉄鋼業界と自動車業界に課題と機会の両方をもたらします。自動車メーカーがEVの普及と共に、バッテリーの筐体に先進高強度鋼の採用が進んでいます。鉄鋼業界は、製品の強度と成形性を高めることで、持続可能性の目標達成に取り組んでいます。この変革期に成功する企業は、判断材料を把握し、基礎研究を重視し、革新技術を取り入れ、協力体制を構築し、持続可能性に対して当事者としての責任を全うすることが重要です。これらの戦略を取り入れることで、持続可能な低炭素自動車の発展に寄与することができます。

Auto/Steel Partnership: 研究開発の促進と協力体制の構築
 Auto/Steel Partnershipは、自動車メーカーと鉄鋼メーカーが協力体制を構築するためのプラットフォームです。各団体がそれぞれの専門性を提供し、基礎研究や教育を通じて共通の課題に取り組み、新たな可能性を模索します。このパートナーシップを通じて進化する情勢を総合的に分析し、新たな機会を開拓してゆくことが重要です。

詳細については www.a-sp.orgをご覧ください。

著者について
Michael Davenport
・Executive Director, Auto/Steel Partnership