天運に頼らない、適正な材料カードの選択

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部品のプレス成形シミュレーションにおける適正な材料カードの選択については、いまだに課題が山積しています

シミュレーション・エンジニアの多くは、いまだに誤った材料カードを使い続けています。材料カードを選択する際の心構えと課題について、オートフォーム社テクニカル・プロダクト・マネージャーのアンディ・ウォーカーが概説します。本稿では、プレス成形シミュレーションの材料カードを選択するにあたり、宝くじに当たるような天運頼みではなく、適正な材料カードを確実に適用するために必要な取り組みを紹介します。

筆者が寄稿した前回の記事では、多くの場合、シミュレーションに適用している材料カードが不適当であり、それが結果精度に作用していることを説明しました。

適正な材料カードを選択するために必須となる条件があります。

それは、正しい知識を有すること、これにすべてが集約されます….

これまで4年間にわたり(アルミに関しては、さらに以前から)、世界各国のAutoFormユーザーやポテンシャル・ユーザーを対象に、材料理論全般に関するトレーニングを開講してきました。実験による特性評価や材料理論(例えば、材料特有の記号など)から、有意義な材料カードの作成方法まで、幅広いテーマを扱っています。そしてこれら一連のトレーニングを通じて、受講者を企業の規模に応じた2つのグループに大別できることに気がつきました。

一方を「理解しない」グループ、そして他方を「理解できない」グループとします。

話を進める前に、筆者自身は、このように無知を決め込むユーザーや、さらにたちが悪く「どうでもいい」と無関心を装うユーザーを一瞬たりとも支持したことはないと、はっきり申し上げておきます。このような状況は、時間の制約、予算削減、工数不足(これらは氷山の一角)といった問題に起因し、また、ソフトウェア・コードの使用が増すにつれ、知識不足の問題も顕著化しています。前置きはさておき、これらのグループをもう少し詳しく見ていきましょう。

材料カードと「理解しない」グループ

OEMやグローバルTier1部品サプライヤといった企業には、材料の特性評価や材料カードの作成業務に特化した部門や部署があります。この場合、例えば、プレス成形シミュレーションの材料カードを作成する上で、どの降伏曲面を使うべきか、また適切な硬化則の近似は何を採用するか、といった特徴的な複雑さを理解している担当者が在籍する場合に限り、ある一定の役割を果たすことが可能になります。またかつては、ほとんどの科学者やエンジニアが主に衝突解析の経験を持ち、その知識にこだわりがちであったことも忘れてはいけません。それがために、アルミニウムなどの材料にHill 48(あるいはフォン・ミーゼス)の降伏曲面が適用されているような、時代遅れの旧態然とした材料カードがいまだ存在するのです。この場合、部品の絞り成型性を調べ、材料番号を読み解き、「適正な」材料カードを読み込まなくてはなりません。一般論として、材料に関するトレーニングが必要だと考えるユーザー (別名:「理解しない」グループ) はほぼ皆無であり、「材料に特化した部署があるのだから」と考えがちです。その結果、その中身を理解しないがために、材料カードを使用前に確認することはまずありません。

材料カードと「理解できない」グループ

次のグループは、「その他の企業」に属しています。その多くは、数名の解析専任者から成る結束の強いチームで、材料や材料カードに関しては、十分な知識を持っていると期待されています。しかしここでも、そのような期待に沿えることは稀です。このようなチームでは、工程に関する知識、CADのスキル、そして「帽子からウサギを引っ張り出す」手品のような困難な状況から解決策を導く能力が、欠陥のある材料カードを見分ける能力よりも高く評価されるのです。彼らの多くは、ソフトウェアに付属している材料カード、OEMが配布する材料カード、インターネットやその他の怪しげなソースから入手した材料カードを、躊躇なく使用します。またカスタマー・サポートに「この番号の材料カードはありませんか?」と問い合わせることもあります。皮肉なことに、OEMにこの話をすると「なぜ弊社に問い合わせないのでしょう…?」と訝しがります。最初のグループと同様に、担当者(別名: 「理解できない」グループ)がトレーニングを希望すると、「トレーニングの費用を出せません」または「業務として参加させるのは難しいです。XYZ社の急ぎの仕事を来週までに終わらせないといけないのを知っていますよね…」といった回答が返ってきます。

図1:これはよくある問題です。Hill 1948降伏曲面の近似の計算では、r < 1の場合、この数式では
材料の降伏曲面を正確に予測できません。

図2: すでにこのような経験があるユーザーもいるとおり、鋼材の値をアルミニウムのカードに適用
すると、非常に不正確な結果が算出されます…

図3: このようにゆがんだ降伏曲面では、不具合、プレス荷重、スプリングバックの予測などを
正確に予測することができません。

材料はそれほど重要ですか?

端的に答えれば、「はい」です。もう少し詳しく答えれば、「そのとおりとなります。成形、衝突、NVHのいずれの工程を扱う場合でも、材料カードはシミュレーションの根幹を成します。プレス成形シミュレーションの精度指標を精査すると、最大66%が材料特性に直接起因しています。こう考えてみましょう。材料がそれほど重要でないのであれば、汎用的な1件の鋼材カードをすべてのシミュレーションに適用するだけで事足りるのではないでしょうか?

またさらに、エンジニアは大きな責任を担っています。情報に基づいてエンジニアリングの判断を下すには、必要なすべてのツールを自在に使いこなせなければなりません。これは物理的なツールだけでなく、知識ベースのツールも含みます。(少なくとも)材料カード、結果、あらゆる修正のすべてがLARルールに準じていることを確認するために、知識ベースのツールは欠かせません。尚、このLARルールとは、 Looks About Right (概ね良好)の頭文字で、この仕事で最初に学ぶべきことの1つです。材料カード、結果、デザインなどがすべて概ね良好であれば、それらはおそらく適正であり、概ね良好でなければ、おそらく適正ではないため、さらに調査する必要があります。

立ちはだかる障壁

理想的な世界であれば、現状のような問題は起こり得ません。材料カードはクラウド・サーバーに格納され、誰でも自由にアクセスできるはずですし、時間や費用は無制限に消費でき、ユーザー・ベースも常に最新の動向や理論にアップデートされているでしょう。もちろん、その背景情報の理解については言うまでもありません。

さて、現実の世界に戻ってみると、このような世界が実現することはありえません。どの企業も予算は有限で、工数は限られ、時間の制約とも競わなければなりません。残念ながら、これらを管理する責任者の多くは、トレーニングの大切さを理解していません。たとえ理解したとしても、時間的制約の圧力から、必要な人材を手放すことができません。その結果、良くて1~2名の選抜メンバーのみがトレーニングを受講することになります。受講内容については、参加できなかった同僚と共有すべきですが、そのような時間や機会を得られることはほとんどありません。

材料カードに関しては、適用段階に至る前から、材料の特性評価に膨大なコストと時間がかかります。また、ソフトウェアに新機能や強化機能(移動硬化、エッジ・クラック予測、せん断破壊など)が追加されると、必要な実験データも増大します。さらには、多くの場合、標準化されていない(ISO/ASTM/JIS標準などが存在しない)試験データが必要となりますが、それに対応できるのはごく一部のOEMおよび大学のみです。このような理由から、カードはしっかりと保護され、市場に公開されることはほとんどありません。

この問題にどう対処できますか?

Linkedinの多数の関連投稿でもわかる通り、何事も「解決」に至る前に、まず問題があることを認識し、根本原因を特定し、それに対する働きかけを準備しなければなりません。

問題と解決の両面において、まず教育が重要です。すべての物事と同様に、教育にも色々な味付けがありますが、ユーザーおよび意思決定に携わるすべての人材を教育することが重要であり、通常、これはトップダウンで行うべきです。この時点までに、必須のトレーニングを許可しない場合に起こりうる事態について、意思決定者はきちんと理解しなければなりません。ユーザーのトレーニングを許可しないと(つまりソフトウェアを有効活用できないと)、ソフトウェア/ハードウェアの組み合わせにおける最重要部分は、プロセッサやライセンスの数ではなく、端末に向かう人間であるという事実を理解することができません。あまりにも多くの人々が、コンピュータが出力するものは何でも、本質的に疑問の余地なく正しいものだと信じています。しかし、この仕事から学ぶべき2つ目のことは、すべてを疑うということです。コンピュータが元になっているものは特に疑うべきです。

ユーザーには、材料カードの有効性、そして材料カードがもたらす結果を常に疑問視する姿勢が求められ、それを可能にするためにも、トレーニングを受講することが重要です。さらには、数値がどのように結果に影響するか、等級を変更することで顧客が求める部品を提供できるか、といったことも理解する必要があります。

そしてもちろん、トライアウト、量産試作、量産に携わるエンド・ユーザーのことも、(絶対に)忘れてはいけません。何トンもの鉄や鋼材からロバストな金型を作り出す責任を負う担当者も、量産部品に使用する材料の降伏応力やr値の影響などについて、理解を深めなければなりません。

教育の他に考えられるソリューションとしては(実現は難しいですが)、無料のクラウド・ベースのレポジトリへのアクセスを開放し、コードや国に関わらず、すべてのユーザーがデータをアップロードして、誰もが共有できるようにすることです。しかし筆者が知るかぎり、このようなソリューションは存在しません。リソース・レポジトリは、確かに存在します。例えばTATA Steel社のAuroraなど、特定の材料メーカーは自社製品についてデータを提供しており、無料で利用できます。また、幅広い材料をカバーするレポジトリも存在しますが、多額の年会費がかかる上、提供されるのは生データのみです(つまり、正しい知識をもとに、材料カードを作成しなければなりません)。インターネットで検索すれば、名前やアドレスを簡単に入手できます。

オートフォーム社では、両方の問題に取り組んでいます。当社が開催するトレーニングでは、材料理論や特性評価から材料カードの作成までを扱っていますが、平易な用語を採用し、またソフトウェア製品も選びません。ユーザーが独自の材料カードを作成する場合には、(通常は材料メーカーとパートナーシップを組み)、試験条件やデータ要件のアドバイスを行うといった支援も行っています。

さらに当社では、材料カード・ライブラリの拡張に努めています(ご協力いただいている方々に感謝いたします)。本稿執筆時点では、自動車業界および航空宇宙業界で多用される約1,000件の材料カードが登録されています。これらの鋼材、ステンレス鋼、アルミニウムおよびチタンの材料カードは、すべてのAutoFormユーザーが無料でダウンロードして活用できます。そして今後もさらなる拡充を目指します。このライブラリをさらに強化および拡張するために、世界各地の材料メーカーと交渉を続けています。