車両衝突シミュレーションのための部品データの活用

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オートフォーム社による革新的な精度向上の取り組み

はじめに

 自動車業界において、自動車の衝突安全性を評価する際には、一般的に、衝突シミュレーションのソフトウェアが活用されています。これは自動車開発工程の中でも特に重要な試験であり、衝突時の車両強度や乗員の安全性についての貴重な情報を得ることができます。
 特に自動車産業の三大国(米国、欧州、日本)では、新型車の開発プロジェクトには厳しい衝突安全性の要件が課されています。そのため衝突シミュレーションは、自動車の研究開発部門の中でも、非常にニッチな分野でありながらも、その技術開発が活発に進んでいます。本稿では、現在の車両衝突シミュレーション技術と、実部品データを使ってシミュレーション結果の精度をさらに向上させる手法についてご紹介します。

図1:車両生産技術の検討段階でシミュレーションされる衝突事故。乗員が負傷しないよう、ドアアセンブリの構成部品である「ドアインパクトビーム」が保護的役割を果たします。

衝突シミュレーションの発展

 従来は、車両を物理的に衝突させてデータを収集し、設計に変更を加えることで改善を図っていましたが、この検討業務にはコストや時間の負担が大きくかかります。

 レンガの壁面や車両などに対する衝突のメカニズムを解明するには、前面衝突や斜め衝突、また小さな面積を衝突させるスモールオーバーラップ衝突などの重要な試験を物理的に実行しなければなりませんでした。そして設計修正を行うと、再度試験を実施して、検証を繰り返さなければなりません。

 しかし衝突シミュレーションの普及が進み、物理的な破壊試験を補完するようになると、衝突試験を、より簡単に、より安価で、より素早く実施することが可能になってきました。やがて実際の衝突試験よりも、衝突シミュレーションから有益なデータが得られることが多くなり、今では大手OEMではいずれも、バーチャルな衝突シミュレーションが実際の衝突試験を圧倒しています。そこで衝突シミュレーションの最新状況と今後見込まれる改善点についてご説明します。

図2:衝突の際に客室が変形せず、乗員に危険が及ばないことが理想的です

現状(as-is)のワークフロー分析

 市場にはシミュレーション・ソフトウェアの選択肢が多くあります。中でも2本の衝突シミュレーションが多くのOEMにて採用されていますが、その双方とも、部品ファイルがなければシミュレーションを行うことができません。

 多くの企業では、CATIAやSiemens NXなどのCADソフトウェアで作成した部品ファイルを使用しています。この部品データは、材料タイプや板厚の情報を含みますが、部品の加工によって生じるひずみ値や板減などの関連データは含まれません。完全な情報を持たないCAD形状のみを使用したシミュレーション結果は、常に完璧な精度で再現されているとは言えません。

 塑性加工によって生産されるあらゆる部品は、加工の過程で板厚、硬さ、剛性、ひずみなどが変化し続けることを経験上ご存じであると思います。フランジの曲げ加工ように単純な工程では、このような変化を容易に追従できるかもしれません。しかし、ドロー、熱間プレス成形、ハイドロフォーミングなどを伴う複雑な工程や複数工程を扱う場合、材料特性は大幅に変化することが想定されます。つまり現在衝突シミュレーションで使用されている材料情報は、実際の部品を正確に再現できているとは言い難い状況にあります。

 このような理由で、プレス部品の衝突シミュレーションで使用する部品データは、その精度をもっと高めることができるはずです。たとえば加工硬化や板減の情報を利用して部品の特性を補正すれば、結果精度は高まります。しかしどこまで精度を高めることができるかは、誰にもわかりません。

図3:ハイドロフォーミング工程後の不均一なひずみ分布。衝突シミュレーションでは、材料特性の分布が均一なCADデータではなく、実部品の情報を設定する必要があります。プレス成形シミュレーションの結果データは、一般に普及している衝突シミュレーション・ソフトウェアにシームレスに設定できます。

あるべき姿(to-be)のワークフロー

 OEMでは部品の開発段階にて、さまざまなシミュレーションを実施しています。プレス成形シミュレーションは、プレス成形工程の実現性を予測するためのものです。

 この成形シミュレーションでは、有限要素解析(FEA)を用いて、トライアウトや量産開始に向けた金型製作において、不良がない部品を生産できることを保証します。シミュレーションを実行することで、板減、しわ、クラック、スプリングバックなど、最終部品に発生しうる不具合を特定することができるのです。

 AutoFormソフトウェアで算出したプレス成形シミュレーションの結果を、衝突シミュレーションの入力条件として活用すれば、部品の構造および特性を正確に表現することが可能になります。つまり衝突シミュレーションにて、一定の板厚が設定されたCAD形状を設定するよりも、現実的な結果を得ることができるのです。

あるべき姿(To-be)のワークフロー適用例

 自動車のAピラー部品を例に考察を進めます。現状(as-is)のワークフローでは、衝突シミュレーションには、設計上の均一な材料特性や板厚を設定しますが、この数値は現実的なものではありません。

 あるべき姿(to-be)のワークフローでは、まずAutoFormでインクリメンタル・シミュレーションを行い、Aピラーが熱間プレス成形部品であることを踏まえた上で、正確な硬さを算出します。またプレス成形工程では、材料が複数個所で伸びることを考慮し、均一ではない板厚分布と塑性ひずみを算出します。このように算出した部品情報を活用して、衝突シミュレーションを実行すれば、当然ながら、現在(as-is)のワークフローよりも正確な結果を取得できます。

ワークフローの導入状況

 興味深いことに、一部のOEMや(OEMから委託を受けている)Tire1サプライヤは、現在のワークフローには改善の余地があることに気づいています。2020~21年には、複数のお客様からご相談もいただいています。

 部品設計の観点から、部品の領域ごとの強度差についてご質問をいただくことがあります。たとえば、ある領域では400MPa級の強度を持たせることができるのに、他の領域では200MPa級の強度しか実現できない理由について、お問い合わせをいただいたことがあります。その回答としては、製造工程では、部品形状全体を通じて変形が生じる割合がそれぞれ異なるため、強度に差異が生じます。そのため、プレス成形工程を終えた部品では、材料特性が不均一になってしまうとご説明しました。

 特に工程が複数にまたがり、最終的な材料特性を素早く予測することが難しい場合、このあるべき姿(to-be)のワークフローには、多くの可能性を見出すことができます。

 OEMやTire1サプライヤによっては、すでにこのあるべき姿(To-be)のワークフローを導入し、より高精度なシミュレーションを活用しています。とはいえ、まだ広く普及しているとは言い難い状況です。そこでオートフォーム社では、当該業界におけるワークフローの認知度向上に積極的に取り組んでいます。

現状への改善策の適用

 CATIAやNXなどのCADソフトウェアで作成した部品ファイルをAutoFormに設定し、フォームチェックのみのシミュレーションを使うか、あるいは完全な増分シミュレーションを実行することで、AutoFormで工程を構築することができます。その結果は一般的な衝突シミュレーションのソフトウェアと互換性のあるフォーマットで出力できるため、データの移行もシームレスに行えます。

 そして衝突シミュレーションを担当するエンジニアは、成形の履歴を含む部品データを使用して、実際の衝突に相当するシミュレーションを実行することが可能になります。入力条件の情報が正確であれば、衝突シミュレーションにて、より実物に即した応答を得ることができます。ワークフローをわずかに変更するだけで、そのまま現行の工程に組み込むことができるのです。

 AutoFormを活用することには、他にも利点があります。衝突シミュレーションの担当エンジニアは、通常、材料特性を把握せず、シミュレーションでは一般的な材料特性のテーブルを利用します。そのため、実際の材料特性の代わりに、材料特性テーブルの平均値に依存したシミュレーションを実行することになります。

 しかしAutoFormでは、冷間プレス成形、熱間プレス成形、ハイドロフォーミングなどのフォーム工程の終了時に材料特性を追跡し、正確な材料特性を取得できるため、より正確な材料特性を適用することが可能になります。

まとめ

 衝突シミュレーション・ソフトウェアに対する依存度が飛躍的に高まり、その技術革新が進むにつれて、OEMだけでなく消費者にもさらなる恩恵をもたらします。本稿で紹介したワークフローを活用すれば、より信頼できる高精度な衝突シミュレーションの工程を構築することが可能になります。物理的な衝突試験が減る傾向にある中、安定したシミュレーションを実行するために、そのロバスト性や信頼性をより高めてゆくことが必須となります。