AutoForm-Sigmaによるシミュレーションにより量産ワレに影響を及ぼす因子を特定 ~生産工場と連携しながら改善活動を展開~

 「人々の生活を豊かに。イノベーションをドライブし続ける」をコーポレートパーパスに、革新的なクルマやサービスを提供する日産自動車株式会社(以下、日産)。同社では、生産工場で発生するパネルの量産ワレの削減に向けて、ロバスト性解析シミュレーションソフトの「AutoForm-Sigma」を活用して量産ワレに影響のある要因を検証しました。量産変動をシミュレーションに落とし込むことで、量産ワレ部位を52.9%の確率で再現。ワレに影響を及ぼす因子の推定に成功しました。現在、シミュレーション結果をもとに、生産工場と連携しながら改善活動に取り組んでいます。

生産性の向上に向けて、シミュレーションで量産ワレの原因特定へ

日産自動車株式会社
車両生産技術開発本部
プレス技術部 圧型技術課
佛川 正哲 氏

 社会の変化や企業に求められる役割の変化に対応するべく、長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」のもとで、よりクリーンで安全、よりインクルーシブな世界の実現を目指す日産。2030年代早期より、主要市場に投入する新型車をすべて電動車両とし、2050年までに事業活動を含むクルマのライフサイクル全体において、カーボンニュートラルを実現する目標を掲げています。2022年6月には日産初の軽自動車EV「サクラ」を発売。同車は「2022-2023日本カー・オブ・ザ・イヤー」「RJCカーオブザイヤー」「2022-2023日本自動車殿堂 カーオブザイヤー」の3冠を獲得するなど、EVの世界でも存在感を発揮しています。

 EV、e-POWER搭載車、コンパクトカー、SUV、ミニバン/ワゴンなど数多くの車種の生産を手がける同社ですが、さらなる安定した生産に向け、改善活動に取り組んでいます。その中で、プレス部門として重点的に取り組んでいる活動に、プレス生産中のワレの撲滅があります。

 プレス工程でワレが発生すると、その後の工程に大きな影響を及ぼし、生産性の低下につながります。同社では車両生産技術開発本部や、工場の生産部門などで量産ワレの発生原因の特定に取り組んでいるものの、真の発生原因はつかみ切れていませんでした。そこで、ワレに影響する因子をシミュレーションソフトで分析することにしました。車両生産技術開発本部 プレス技術部 圧型技術課の佛川正哲氏は次のように語ります。

 「ワレが発生する背景には、ハイテン材の増加や生産工程の複雑さなどがあります。部品の形状によっても、割れやすいもの、割れにくいものとさまざまです。そこで、量産ワレに影響を与えると思われる因子を設定し、シミュレーションソフトで分析してみることにしました」

 シミュレーションソフトには、ロバスト性を解析するAutoForm-Sigmaを活用し、ばらつく可能性のあるパラメーターを変数として定義し、生産時のばらつきを再現しながら不具合の有無を確認することにしました。

 「日産では、2000年代前半にAutoFormを導入して以来、さまざまな用途でシミュレーションを実施しています。今回、2021年9月にAutoForm R8がAutoForm Forming R10にバージョンアップし、解析スピードが格段に向上したことから、オートフォームジャパンの協力を得てAutoForm-Sigmaを活用したシミュレーションを実施することにしました」

影響を及ぼす9個の因子をピックアップし、AutoForm-Sigmaで組み合わせ計算を実行

 シミュレーションの実施に向けて、同社はまず量産ワレに影響があると想定する因子を、工程要素展開によって9個ピックアップ。AutoForm-Sigmaで量産変動パラメーターを振り、シミュレーションの中でばらつきの要因を変化させながら組み合わせ計算を実行することで、ワレに対する因子の寄与率を求めることにしました。

 「今回は量産ワレに影響のある要因を、材料自体が持つ特性値(板厚、BLサイズ、BLの置き位置)、材料と金型間の摩擦(摩擦係数)、ダイフェースのクリアランスの3要素と考えて、合計で9個の因子をピックアップしました。パラメーターの変動幅(ばらつき量)は工場の実績値を入手して、標準偏差をもとに設定しました。」

 シミュレーションを実施する部品は、国内の生産工場で実際に量産ワレが発見されている数車種のド アパネル、フェンダー、ホイールハウスなどの20部品としました。解析期間は、2021年10月から11月までの約2カ月間。各部品に対して、11個の因子を組み合わせた約200通りのシミュレーションを実行してワレが発生しやすい部位を特定し、それぞれに対してワレに影響を及ぼす因子を推定しました。

 「シミュレーションは、高性能のワークステーションを約20台使って並列計算を実行しました。AutoForm-Sigmaの実行基盤として、AutoForm Forming R10のAutoForm-Sigma MAXを使って一度に100並列4スレッド解析を行った結果、AutoForm R8で1部品に5日かかっていた解析時間が、約8時間に短縮されました」

量産ワレ部位の再現率52.9%、影響を及ぼす因子の推定に成功

 AutoForm-Sigmaによるシミュレーションの結果、実際に発生する量産ワレの部位を再現(検知)できた再現率は、20個の部品に対して52.9%となりました。

 ワレに影響を及ぼす因子を推定することもでき、材料、摩擦、クリアランスの3要素に対して、摩擦が一番大きく、次が材料のEL値と続き、クリアランスについては影響がほとんどないことがわかりました。

 「AutoForm-Sigmaによるシミュレーションでは、通常の解析条件では検知することができなかったワレを検知することができ、実際にワレのリスクがあることを認知できました。因子の推定についても、ある部品については摩擦による影響が全体の60%、ある部品についてはEL値が影響の50%で、摩擦の影響は0%であるというように、部位毎の影響因子を明らかにすることができました」

 一方でAutoForm-Sigmaでワレが検知できなかった部品は47.1%あり、量産ワレの再現には、工具形状やクリアランスなどの量産コンディションの再現が必要になると考察しています。

 シミュレーションで得られた結果は、さっそく生産工場にフィードバックし、工場の担当部署とともに改善に乗り出しています。具体的には、最も影響の大きい摩擦の問題を解決するため、新たな設備を導入して金型に塗布する防錆油の量を管理できるようにしたり、防錆油の粘度の変動幅を細かく管理する検討を開始しました。材料については生産技術のサイマル活動において、材料のEL下限値で保証することにしました。

 「現在は、ラボ環境で防錆油の塗布量や粘度などを変えながら、従来の生産条件と比べてどの程度の変化があるかを確認している段階です。ラボ環境で検証が終了した後は、生産工場の担当者と協力しながら量産ラインへの適用を目指していきます」

 特定した原因をもとに改善施策を実施し、プレス工程の生産性向上へ

 AutoForm-Sigmaによるシミュレーションにより、量産ワレの原因を特定した日産では、現場の生産性向上に期待しています。

 「今回のシミュレーションの効果として大きいのは、要因が特定できたことです。摩擦なら潤滑油を適正に管理することで改善ができますし、材料についても最も悪い状態の材料を使うことを想定して金型を設計することでワレの発生を抑えることができます。これまで現場が疑っていたクリアランスの問題は今回の部品では影響が少ない事が分かり、取り組みの優先順位が明確になりました」

 AutoForm-Sigmaの使い勝手についても、手軽に使える操作性の高さを評価しています。

 「パラメーターを決めて、ばらつきを設定すれば、あとは自動的に組み合わせ実験を実行してくれるので、非常に簡単です。これまでのように組み合わせ表を自作して、手作業で解析すると大幅な工数がかかりますが、AutoForm-Sigmaなら画面上で設定するだけなので、短時間に解析ができ、作業の属人化を解消することができます。現在、私以外の技術者もAutoForm-Sigmaを日常的に利用してシミュレーションを行っています」

 今後は、シミュレーションで利用するパラメーターをより最適化することで、解析精度の向上に取り組む計画です。さらに、プレス成形のラインについては、ラインエンドに設置したカメラとAI/機械学習との連動によるワレの自動検知装置や、ワレのリスクを判定する装置の導入なども視野に入れています。

 「生産工場におけるプレス成形の生産性向上に向けて、さまざまな施策を実施していく予定です。オートフォームジャパンとは、引き続き共同研究を実施し、一緒に成果を出していきたいと思っています」

 日産とオートフォームジャパンによる改善施策の取り組みは、これからもさまざまな領域で続いていきます。

(企業概要)
日産自動車株式会社
設立:1933(昭和8)年12月26日
所在地:神奈川県横浜市西区高島1-1-1
代表者:代表執行役 社長兼最高経営責任者 内田 誠 様
従業員数:23,166名(単独)134,111名(連結)(2022年3月末現在)
事業内容:自動車の製造、販売および関連事業
URL:https://www.nissan-global.com/JP/