シミュレーションを活用したシステムの継続的改善

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 金型業界では品質基準をクリアした製品を効率的に生産することが重要視されます。つまりプレス部品の精度や性能は仕様を満たしながらも、その生産時間やコストは最小限に抑えなければなりません。

 今日ではあらゆるアウトプットの改善、特にコスト削減と短納期が求められています。そのため金型業界では多くの企業が競争力を高めるために、開発工程にシミュレーション技術を取り入れています。試作品の製作やその組立の削減を促進し、納期と関連コストを大幅に改善する手段として、シミュレーションの活用が進んでいるのです。しかしシミュレーションに対する信頼をより深めるには、「生産現場で何が起こるか」をシミュレーションで予測できることが大前提となります。

 プレス部品生産のプロセス・チェーンをシステム・エンジニアリングの観点から捉えると、まずはバーチャル世界のシミュレーションと現実世界の生産現場を合致させる上で鍵となるコンポーネントを特定し、改善すべきです。インプット(与えられる情報)とアウトプット(成果物)をコントロールすることで、システムの長期的な安定性を高めることが可能になるからです。

システム・インプット

 まずはインプット、つまりエンジニアリング業務への入力条件について説明します。最初に必要なデータを特定し、それを適切なタイミングでインプットしなければなりません。これにはAutoForm正確度指標を活用して、どのデータを使用すべきかを把握します。そしていつデータを入力すべきかを示すAutoFormパレート図を指針として利用すれば、シミュレーションを効率的に実行できます。

 しかし必要なデータを判別できたとしても、それをすぐに入手できるとは限りません。データをどこで取得するのか、またデータの品質レベルをどのように検証するのか、明確にする必要があります。シミュレーションに適したデータは必ずしも準備されているわけではなく、むしろ多くの場合、シミュレーション・エンジニアはその所在を知りません。その時に取得できたデータは、その妥当性を検証することなく、そのままシミュレーションに適用してしまいます。シミュレーションの予測精度をあげるには、この状況に対処しなければなりません。

 必要なデータとそれを適用するタイミングは組織間で標準化できますが、データのソースとその検証方法については、組織ごとに定義しなければなりません。エンジニアは組織についてしっかりと把握することで、誰がデータを作成し理解しているのか、そのリソースは内部と外部のどちらであるか、そして必要なデータをそのソースから直接取得できるのか、といった疑問に対応できるようになります。もしデータの取得が困難である場合は、さらに別の対応が必要となります。

 データ取得に関する問題を解消するには、大概の場合、組織間の協力体制を構築するのが効果的です。そのためには、たとえばプロジェクトのROI達成など事業上の合理性があること、そして目標達成には情報共有が欠かせないことを、すべての担当者に納得してもらわなければなりません。これは非常に難しく、マネジメントのサポートが必要となる場合もありますが、長期的には功を奏するはずです。最後に、構築した協力体制は持続させることが重要であり、またデータが時間と共に変化してゆく場合は、それにあわせてシステムもアップデートすべきことも忘れてはなりません。

システム・アウトプット

 次はアウトプット、つまりエンジニアリング業務の成果について説明します。システムの最適なパフォーマンスを担保し、仕様を満たす最終製品を生産するには、システムのモニタリングおよびメンテナンスが必要となります。アウトプットを重点的に監視し、すでに発生している不具合や潜在的な問題とその根本原因を特定することで、誤差の調整、不具合の解消、機能の追加といった対応策を講じることができるようになります。このようにプロジェクトの進行中はもちろん、あるプロジェクトから次のプロジェクトへと進めていく上でも、システムを継続的に改善してゆくことができます。プロセス・チェーンの中では、あるシステムのアウトプットは、次のシステムにおけるインプットとして利用される場合もあることにご留意ください。

 システムの可視化

 プロセス・チェーン全体を包括的に考えると、システムのインプットからアウトプットまでを可視化することで、時間経過と共にシステムのパフォーマンスが最適化されてゆきます。

 情報を可視化し、下流へ伝達することで、「シミュレーションのとおりに生産現場を構築する」ことが比較的容易になります。また一方では、これが「生産現場を再現できる高精度なシミュレーション」の条件ともなります。エンジニアリングの意図が下流まで明確に伝わり理解されなければ、それを下流で忠実に再現されることはまずないでしょう。

 たとえば、(シミュレーションから算出した)ある領域の流入量は30mmでしたが、そのことが下流まで伝わっていなかったとします。すると初回の金型トライアウト担当者は、われを解消するために、その領域の流入量を15mmに調整するかもしれません。これでわれが解消しても、流入量がエンジニアリングの意図と一致しない以上、スプリングバックの結果が変化する可能性があり、ひいては最終製品の品質を担保できなくなります。

 徹底的な解析によって検討しつくされたエンジニアリングの意図を、すべての担当者が完全に理解し、それを追従することが、バーチャル世界と現実世界を繋ぎあわせるための第一歩となります。言い換えると、担当者が「何が求められているか」また「なぜそうであるか」をきちんと理解できれば、適切に対応できるようになるのです。また対応できない場合でも、その不備を報告することが徹底されるようになります。

 上流の情報を可視化して伝達することで、「何を作れるか」や「何を作るべきか」をシミュレーションできるようになります。これは、現実世界を再現するために必要なシミュレーションの精度を担保するためにも重要です。現実世界の状況が上流で見えづらく、理解が足りないと、それをシミュレーションで正確に再現することはできません。

 たとえば、あるプレスラインでは、当初クッション荷重のばらつきが5%であったにもかかわらず、プレスの老朽化によりばらつきが10%に変化したとします。このばらつきの変化をシミュレーション・エンジニアが把握していなければ、生産時の安定性に問題が生じるかもしれません。また反対に、たとえばプレスラインの入れ替えなどによって、プレス技術が高まった場合も同様です。シミュレーションを最適化する際にばらつきの変化や性能強化を考慮しなければ、製品設計やプレス成形の工程設計が過度に安全寄りになり、リソースに無駄が生じるだけでなく、競争力の低下すら招きかねません。そのためシステムの情報を可視化し、シミュレーションを活用して些細な変更の影響を予測することが非常に重要なのです。

システムの継続的改善を始めましょう

 最後に、シミュレーションを設定する際に、いくつかの基本的なポイントを確認しておくとよいでしょう。以下のチェックリストをご活用ください。

  1. 高精度なシミュレーションを実行するにはどのような情報が必要かは明確ですか?
  2. シミュレーションを活用して工程を最適化するには、どのタイミングで条件を確定し、使用すればよいですか?
  3. 必要なデータはどの部署、どの担当者に問い合わせれば良いか明確ですか?
  4. どの入力条件を毎回高品質で準備できるかは明確ですか?
  5. シミュレーション結果を下流の担当者へ伝達し、理解を得ることができていますか?
  6. シミュレーションと生産現場の差異について、下流の担当者から定期的に十分なフィードバックを受けていますか?
  7. 成形条件に変更が生じた場合、その情報が上流まで伝達され、不具合の再発防止に役立っていますか?

 このチェックリストに対して1つでも「いいえ」がある場合、それは改善すべき点としてご注意ください。チェックリストの確認には時間と労力を伴いますが、改善点を把握し、システムを段階的に改善してゆくことで、最終的にはより良好な結果を得ることができるのです。